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東京高等裁判所 平成7年(ラ)1323号 決定

抗告人

田中久世

右代理人弁護士

佐藤恒雄

木村耕太郎

相手方

日本抵当証券株式会社

右代表者代表取締役

小圷律夫

右代理人弁護士

田中徹

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  抗告人

1  原決定中不動産仮差押命令申立事件に関する部分を取り消す。

2  東京地方裁判所平成五年(ヨ)第一二六一号不動産仮差押命令申立事件について、同裁判所が平成五年三月一七日にした仮差押決定(以下「本件仮差押決定」という。)を取り消す。

3  相手方の右仮差押命令申立て(以下「本件仮差押命令申立て」という。)を却下する。

4  手続の総費用は相手方の負担とする。

二  相手方

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、相手方が、平成二年一一月一五日、フリック・ユーエスエー・インク東京支店(以下「フリック」という。)に対して一〇億三五〇〇万円及び二億一五〇〇万円をそれぞれ貸し付け、同日、抗告人がフリックの右債務につき連帯保証をしたと主張し、抗告人に対する右一〇億三五〇〇万円の貸金元本のうち八億八五〇〇万円及び二億一五〇〇万円の貸金元本全額の合計一一億円についての保証債務履行請求権を被保全権利として、抗告人所有の不動産に対する仮差押えを求めて(東京地方裁判所平成五年(ヨ)第一二六一号不動産仮差押命令申立事件)平成五年三月一七日それを認容する旨の決定を受け、また、抗告人に対する前記一〇億三五〇〇万円の貸金に対する遅延損害金の内金七〇〇〇万円についての保証債務履行請求権を被保全権利として、抗告人が有限会社双旺名義でしている賃貸借契約の賃料債権に対する仮差押えを求めて(同裁判所平成七年(ヨ)第三六三九号債権仮差押命令申立事件)平成七年七月二六日それを認容する旨の決定を受けたが、抗告人から右両決定について異議が申し立てられた事案であり、原審は、不動産仮差押決定についてはこれを認可し、債権仮差押決定についてはこれを取り消した上相手方の仮差押命令申立てを却下した。

原決定に対しては、抗告人だけが不服の申立てをしたので、当審における審判の対象は、不動産仮差押決定に関する部分だけである。

一  基礎となる事実

本件記録及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる(括弧内に掲記したものは認定に供した疎明資料の一部分であり、特に断らない限り、原審における併合前の不動産仮差押命令申立事件の書証番号又は併合後の書証番号である。)。

1  当事者等

(一) 抗告人と田中玄太郎は夫婦である。

(二) 有限会社双旺は、不動産の賃貸、管理及び売買等を業とする会社であり、その出資金一〇〇〇万円のうち五〇パーセントを抗告人が、六パーセントを田中玄太郎が、四四パーセントを抗告人の弟内川源太郎がそれぞれ有しており、抗告人が代表取締役に、田中玄太郎が取締役にそれぞれ就任している(乙第一一六号証、第二九九号証、併合前の原審平成七年(モ)第五五三八六号事件の甲第一一号証)。

(三) 福岡正悟(以下「福岡」という。)はフリックの代表者である。

2  不動産購入計画

(一) 田中玄太郎は、平成二年に抗告人所有の建物の賃貸によって得られる敷金のうち数千万円を利用してアメリカのコンドミニアムを購入しようとして福岡に相談したところ、同人からマレーシアの物件がよいと勧められて、同年九月一〇日から同月二〇日までの間にマレーシアに赴いて物件を物色した後、同人から、ソンパンセンがマレーシアに建築中のコンドミニアム「メナラ・ピナング」一棟(甲第一七、第四〇号証)を約三〇億円で購入する計画(以下「本件共同事業」という。)に担保提供をするという形で加わることを誘われ、これに同意した。

(二) 右の計画は、三〇億円のうち半分を購入する物件を担保にして現地の金融機関から借り入れ、残りの半分を抗告人所有の東京都渋谷区松濤所在の土地及び建物を担保にして日本の銀行から借り入れ、購入した物件を転売して利益を得た場合には、田中玄太郎と福岡が六対四の割合で分けるというものであった(甲第一一、第二二号証、乙第一六三、第一六五号証)。

3  富士銀行の貸付け

(一) 福岡及びその妻暁子は、平成二年九月二一日、富士銀行道玄坂上支店に赴き一六億円(内四〇〇〇万円は諸経費)の融資を申し込んだ(乙第一六三号証)が、同支店では、同月二七日ころ、不動産会社であるフリックへの融資は本部の方針に反して許されなかったので、福岡個人に対し、二四四万米ドル(約三億五〇〇〇万円)のみを貸し付けることとし(甲第二四号証、乙第二三〇号証)、同年一〇月一日、新たに同支店に福岡名義の外貨普通預金口座(乙第八号証)を開設し、これに融資金全額を振込んだ(甲第五〇号証)。

(二) 同月二日、富士銀行からの融資金のうち二一四万米ドル(約二億八七五〇万円)がマレーシアに送金され、その後、同年一一月八日までの間に、5万3933.03米ドル(約七六〇万円)を残すだけで、他はすべて引き出された(乙第八号証、第八〇号証の一、二)。

4  相手方の本件貸付け等

(一) 相手方は、フリックに対し、平成二年一一月一五日(ただし、契約書上は同月一九日)、一二億五〇〇〇万円を次のとおり二口に分けて貸し付けた(甲第一、第二号証)

(1) 元本 一〇億三五〇〇万円

利率 年8.8パーセント(ただし、平成四年一月二一日以降年7.3パーセントに変更)

保証料 年0.5パーセント

利息の支払日 毎年一月二〇日、七月二〇日に半年分を一括後払

弁済期 平成八年一月二〇日

損害金 年一四パーセント

失権約款 利息等の債務の履行を遅滞したときは、当然に期限の利益を喪失する。

(以下、右の金銭消費貸借契約を「本件第一貸付け」という。)

(2) 元本 二億一五〇〇万円

その他の内容は本件第一貸付けと同じ。

(以下、右の金銭消費貸借契約を「本件第二貸付け」という。)

(二)(1) フリックは、同月一六日、富士銀行道玄坂上支店にフリック名義の普通預金口座(乙第九号証)を開設し、相手方は、同月二七日、右口座に融資手続費用を除いた融資金全額である一二億三〇九七万円を振り込み、同日、右のうち一〇億円が定期預金に組込まれ、その後、同年一二月一四日までの間に、二億三〇九七万円が引き出された。

(2) 右定期預金は、平成三年二月一八日及び同年四月二日にそれぞれ約一〇〇〇万円が取り崩され、平成五年六月一〇日、残りの九億八〇〇〇万円が解約された(乙第九号証)。

(三)(1) フリックは、平成四年七月二〇日に支払うべき本件第一貸付けの利息、保証料合計四〇三六万五〇〇〇円の支払を怠り、本件第一貸付けについては同日の経過をもって期限の利益が失われた(甲第三、第一一号証)。

(2) その後、フリックは、平成五年一月二〇日に支払うべき本件第二貸付けの利息、保証料合計八三八万五〇〇〇円の支払を怠り、本件第二貸付けについては同日の経過をもって期限の利益が失われた(甲第四、第一一号証)。

(四) 本件第一及び第二貸付けの平成七年六月三〇日現在の債権額は、次のとおりである。

(1) 本件第一貸付け

元本 一〇億三五〇〇万円

利息・保証料 四〇三六万五〇〇〇円

損害金 三億九九九一万九三七六円

(2) 本件第二貸付け

元本 二億一五〇〇万円

利息・保証料 八三八万五〇〇〇円

損害金 七三四七万六九八六円

5  福岡等の不動産購入

(一) 「メナラ・ピナング」は平成三年一二月に竣工したが(乙第一三三号証)、福岡はこれを購入していない。

(二)(1) フリックは、平成二年一二月一〇日、ディベロッパーであるマレーシアの法人「ケプランド・SDN・BHD」に対し、「スリー・ケニー」一七戸を一六〇二万二四〇〇マレーシアドルで購入する旨の申込みをした(乙第二一九号証の一、二)。

(2) 福岡暁子の母武田節子及び福岡の友人マーチン・マネンは、平成三年一月一〇日、マレーシアにおいて法人「ワージー・ムーブ・SDN・BHD」を設立し、ワージー・ムーブは、同月一四日、ケプランドとの間で、スリー・ケニー一七戸を一六〇二万二四〇〇マレーシアドルで購入する契約を締結した(乙第一一八号証の一、二)。

(三) ワージー・ムーブが株主の一名となっているマレーシアで設立された法人「エサ・ハルタ・SDN・BHD」は、平成三年五月一〇日、マレーシアの法人「ネクサス・SDN・BHD」から「ウィッカム・マナー」を五六万一六〇〇マレーシアドルで購入する契約を締結した(乙第一一九号証の一、二、第一二〇号証)。

二  本件の争点

原決定一二頁一〇行目の次に行を変えて次のとおり加えるほか、同八頁三行目の冒頭から同一二頁一〇行目までに記載のとおりである(ただし、同一二頁一〇行目の「負わせたか」の次に「(相殺の可否)」を加える。)から、これを引用する。

「8 保全の必要性はあるか。

9 本件仮差押決定の担保の額は不当に低額か。」

第三  争点についての判断

当裁判所も、本件仮差押決定は認可すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原決定理由の第二の一ないし七に説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原決定の訂正

1  原決定一四頁五行目の末尾の「をの」を「の」に改め、同一五頁二行目の「契約書の」の次に「『金銭消費貸借抵当権設定契約証書(抵当証券発行特約付)』と表題の記載してある面の」を加え、同八行目の「している」を「した」に、同末行の「旨を」を「旨の」にそれぞれ改め、同一六頁九行目の「しており」の次に読点を加える。

2  同一八頁四行目の冒頭に「前記第二の一1の事実によれば、田中玄太郎が福岡との間で合意した共同事業は、主として『メナラ・ペナング』を取得することに向けられていたということができる。」を加え、同二二頁二行目の「、オリックス株式会社」を削り、同二四頁二行目の「乙第八」の前に「前記第二の一4及び5の事実並びに」を、同行の「第八五号証」の次に「の各一ないし三、第八八号証の一、二」を、同三行目の「第一〇一号証」の次に「の一、二」を、同行の「第一一九号証」の次に「の各一、二」をそれぞれ加え、同二七頁二行目の「本件連帯保証契約」を「抗告人がこれを理由に本件連帯保証契約を取り消すことができるためには、右契約」に改め、同二八頁一〇行目の「甲」の次に「第九号証、」を、同行の「第二〇号証、」の次に「第四〇号証、」を、同行の末尾に「第四八号証、乙第一六八号証、」をそれぞれ加え、同三〇頁九行目の「物件を」を「物件が」に改める。

3  同三一頁八行目の「第二貸付の」の次に「借主が」を加える。

4  同三二頁四行目の「が、右各契約書に」を削り、同六行目の「フリック記名押印」を「フリックの記名押印」に改める。

5  同三七頁七行目の「であるとに」を「であると」に改め、同三八頁七行目の末尾に「なお、抗告人は、相手方が抗告人の連帯保証人としての責任を追求することが信義則に違反し、あるいは権利の濫用に当たるとして、縷々主張するが、右の主張を考慮しても、相手方の本件仮差押命令申立てが信義則に違反し、あるいは権利の濫用に当たるものと認めるには足りないというべきである。」を加える。

6  同四〇頁四行目の「理由がない」を「理由がなく、したがって、不法行為が成立することを前提とする抗告人の相殺の主張も、その前提を欠き、採用することができない」に改める。

二  当裁判所の説示の付加

1  動機の錯誤について

抗告人は、動機の錯誤の主張に関連して、当審において、富士銀行道玄坂上支店の職員高山浩は相手方の使者又は履行補助者に当たるので、抗告人の連帯保証の動機についての同人の認識をもって相手方の認識と同視すべきである旨主張する。

しかしながら、抗告人の縷々主張するところを本件全疎明資料に照らして子細に検討してみても、未だ高山浩が相手方の使者又は履行補助者に当たるものと認めることはできないので、右の主張は採用することができない。

2  保全の必要性について

抗告人は、相手方が本件第一及び第二貸付けによる債権を被担保債権として抵当権を設定した不動産について設定登記された先順位抵当権は既に消滅し、あるいは被担保債権が存在しないことなどを理由に、本件仮差押命令申立ては、保全の必要性を欠く旨主張する。

しかしながら、本件全疎明資料をもってしても、フリック及び福岡が本件仮差押決定の被保全債権を弁済するに足りる資産を有していることを認めるには足りず、また、抗告人の主張する不動産は、現在東京地方裁判所で競売中であるが、右不動産の評価額は、平成六年四月一日時点で三億四三〇四万円であるところ、これには相手方の抵当権に優先する富士銀行の根抵当権が設定登記されており、その被担保債権の合計額は三億八五〇〇万円を下らないことが認められるのであるから、右不動産の競売によって、相手方が配当を受けられる可能性が乏しいものと認められる(甲第五二、第五三号証の一ないし三)。なお、抗告人は、富士銀行の抗告人に対する右債権及び根抵当権は、同銀行道玄坂上支店の担当者高山浩らが福岡の詐欺に加担して生じさせたものであるから、否定されるべきものである旨主張するが、本件全疎明資料によっても、未だ右の事実を認めることはできず、右の主張は採用することができない。

そして、他に抗告人には前記被保全債権を弁済するに足りるだけの資力があることを認めるに足りる疎明がないので、保全の必要性はあるというべきである。

3  本件仮差押決定の担保の額について

抗告人は、本件仮差押決定に際して立てさせた担保の額が不当に低額である旨主張する。

しかしながら、仮差押決定に際して債権者にどの程度の担保を立てさせるべきかは、当該裁判所の裁量に委ねられているところ、本件全疎明資料によっても、本件仮差押決定に際して立てさせた担保の額が、右裁量の範囲を著しく逸脱した不当なものであることを認めることはできず、右の主張は採用することができない。

4  その他

抗告人が縷々主張するその他の事由は、いずれも原決定を取り消すに足りるものとは認められない。

よって、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 瀬戸正義 裁判官 西口元)

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